眠りから目が覚めて、ジーニーはなるべく音を立てないように、ゆっくりと息を吸って吐き出しました。

ベッドから身を起こして、暗闇の中を手で探ります。掴んだカーテンをそっと開けて、また音を出さないようにと注意しながら少しずつ、少しずつ窓も開けて、数センチの隙間から外を覗き込みました。

外はまだ重たい闇に包まれていたものの、景色ははっきりとしていて、朝が近づいていることが分かりました。頭を外には出さずに、目線だけを動かして細かい様子を探りましたが、近くには誰もいないようです。

とりあえずの安全を確認して、ジーニーはもう少し窓を開けました。目に映る街の景色も、それに併せて広がってゆきます。

ジーニーはここからの眺めを、いつも酷く殺風景だと思うのでした。

まるで冷えた体を温めあうかのように、もしくは夜の脅威に怯えるように、ほとんど隙間もなく身を寄せ合うように建てられたビルとビル。ほとんど廃墟とも言える様相で、あちこちに錆やひび割れがあり、強めの衝撃が加われば今にも崩れて倒れそうです。今ジーニーが目を覚ました部屋のビルも、似たようなものでした。ボロボロの高いビルがいくつも立ち並び、空はそのほんの少しの隙間にしか無く、星々もちらちらと見えるだけです。

そんな街を彩る色はいつも同じ。ビルの灰色に、その隙間の暗闇の黒と、コンクリートの地面の薄汚れた鼠色、そしてその地べたの、夜の徘徊者や掃除屋たちが残していった赤色の染み。

ただ生きていく。それだけのことにも運の良さがなくてはいけない。ジーニーが生まれ育った街は、そういう場所なのです。

同じようにそこに住む人々は、誰も彼もが希望を失い、現実に打ちひしがれ、それでいて其処から目を逸らすようにいつも俯いて、無表情のまま地を見つめながら歩くのでした。

彼らはここから見えるビルの中にいるはずです。明かりを消し、息を殺して、じっと裏路地の夜が過ぎるのを待っているのでしょう。まだ夜と朝の境にあるこの街の光景は、およそ人の住んでいる場所とは思えませんでした。

夜の裏路地がこんな光景であることを、巣に住む人々は知っているのだろうかと、ジーニーはふと思いました。

その昔、父が読んでいた新聞の写真で見た夜の巣の街。ビルや道はどれもひびなど無くピカピカで、建物から零れる明かりや街灯が街を照らし、広い夜空には月と数えきれない程の星が輝いていました。この街とは何もかもが違う光景。

思い出した写真の光景と一緒に、おぼろげに両親の顔も思い出しました。

薄い紙に印刷された、見たことのない景色を無邪気に楽しむ自分に向けられる、少し寂しそうな父と母の笑顔。哀れむような、許しを乞うような、それでいて愛おしげな不思議な笑顔。

今は弟と二人きりでこの廃墟のようなビルの一室で暮らしているジーニーですが、何年か前までは、両親とも一緒にここで暮らしていたのです。

両親はある日、なんの前触れもなく二人揃って家に帰らなくなりました。

大泣きする弟をおぶったまま、自分も泣きたいのを堪えながら、あちこち両親を探し回りました。掃除屋たちがやってくる夜までには帰らないといけなかったのであまり広い範囲は探せませんでしたが、それでも出来る限り、行ける場所は全てくまなく、必死に探しました。